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福島地方裁判所 昭和30年(レ)7号 判決

控訴人 曙鉱業株式会社

被控訴人 石井正子

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、竜田局第五番の電話加入権につき、その加入名義を被控訴人名義に変更手続をせよ。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分して、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において、「電話加入権の譲渡は、譲渡人が譲受人に対し譲渡の意思表示をした加入権譲渡承認請求書に双方連署して、電話官署(公衆電気通信法施行後は日本電信電話公社)に提出し、その承認があつたときに譲渡の効力を発生するものである。本件電話についてみると(1) 被控訴人は控訴人から昭和二十八年三月三十一日加入権の譲渡を受けたと主張するが、右譲渡の事実はない。かりに当事者間に譲渡契約が締結されたとしても、右譲渡につき電話官署の承認を受けていないから譲渡の効力は発生しない。(2) 本件電話は、もと加入権者であつた控訴人から昭和二十八年十一月十日訴外諸橋広喜に譲渡され、公社の承認を得て同人の加入名義に変更登録を経由した。このような場合被控訴人が控訴人と諸橋間の譲渡を虚偽行為として、控訴人に対し被控訴人に名義変更手続を請求するためにはその前提として、公社の右控訴人と諸橋間の譲渡の承認をも虚偽行為としてその確定を経由することが必要である。」と述べ、被控訴人において、本案前の抗弁として、「本件当事者間に、昭和二十九年十二月二十三日、原判決に服する旨の合意が成立したのであるから、控訴人には本件控訴を維持する利益がなく、本件控訴は却下されるべきものである。」と述べた外、原判決事実摘示の記載と同一であり、また証拠の提出、援用、認否もこれと同一であるから、こゝにこれを引用する。

理由

先ず被控訴人の本案前の抗弁について考えてみるのに、仮に当事者間に被控訴人主張のような合意が成立したとしても右は私法上の契約にすぎず、裁判上その効力を認め難いから、右主張はそれ自体失当である。

次に、控訴人がもと本件電話の加入権者であつたことは当事者間に争がなく、また当裁判所は原判決と同一の理由で「控訴人(譲渡人)と被控訴人(譲受人)とが昭和二十八年三月三十一日本件電話加入権の譲渡契約を締結したこと。」を認めるので、原判決の理由中当該部分を引用する。

そこで被控訴人の確認の請求部分について考えるのに、電話加入権の譲渡は、右譲渡契約のあつた昭和二八年三月三一日当時施行されていた電話規則七条(加入者其ノ加入ヲ他人ニ譲渡セントスルトキハ当事者の連署シタル請求書ヲ当該電話官署ニ差出シ其ノ承認ヲ受クヘシ、所轄逓信局長ニ於テ公益上必要アルト認ムルトキハ電話官署ハ加入ノ譲渡ヲ承認セサルコトアルヘシ)の規定によつて、譲渡契約だけではその効力を生ずるものではなく、譲渡承認請求書に双方連署してこれを電話官署に差出し、その承認を受けたときに初めてその効力を生ずるものと解されていたのである。右電話規則は、その後廃止されて、昭和二八年八月一日からは、右譲渡契約の効力については、有線電気通信法及び公衆電気通信法施行法二四条の規定によつて、公衆電気通信法三八条の規定が適用されるわけであるが、右三八条一項は、「電話加入権の譲渡は公社の承認を受けなければ、その効力を生じない。」と、旧電話規則七条について行われていた解釈を明白に法文化したのであるから、公社の承認を受けない以上、譲渡の効力を生ずるものでないことは、一点疑を容れる余地がないようになつた。ところで、被控訴人は、電話官署または公社が前示譲渡を承認したことについては、全然主張も立証もしないのであるから、右譲渡の効力は未だ発生していないと認めるのほかなく、従つて被控訴人は、本件電話の加入権を有する者ではないから、被控訴人が右電話の加入権を有することの確認を求める部分は失当である。

次に加入名義変更登録手続を求める部分について考えるのに、

(一)  電話加入権の譲渡人は、譲渡契約成立と同時に譲受人に対し、電信電話営業規則二二四条所定の電話加入権譲渡承認請求書に連署すべき義務を負うにいたることは明らかである。右法条は、確定判決の添付をもつて連署に代えることができると規定しているが、右確定判決とは、同条の法意から考えて、譲渡人に対し「譲渡承認を求める旨の意思表示を命じた判決」ということになるであろう。とにかく、公社は、当事者の連署した電話加入権譲渡承認請求書、または確定判決を添付した譲受人の譲渡承認請求書の提出に応じ、これを承認したときは、備付の電話加入原簿に右変更を記入登録するのであつて、譲受人は、別に改めて加入名義変更登録を求めることを要しない。すなわち譲渡当事者は、公社に対し譲渡承認請求をするだけで足り、名義変更登録は、公社が、右承認をしたときみずからこれを記載するのであるから、譲受人は、譲渡人に対し、加入名義変更手続をすることを求める権利も必要もない、といえないこともない。また、仮に、譲受人がこのような権利を有するものとしても、公社の承認ない限り、譲受人は加入権者とならないのであるから、承認前はこのような権利を有しない、との論も立ちそうである。しかし、公社は、公衆電気通信法三八条二項の場合に限つて承認を拒むことができるだけであるから、通常、公社の承認は、高度に、確実に、期待することができるわけである。極言すれば、譲受人が、前に電話に関する料金の支払を怠つたことがない限り、必ず公社の承認を得ることができるのであるから、譲受人は、譲渡契約成立と同時に、近く必ず加入権者となる確定不動の地位にたつものといつても過言ではない。他面、譲渡による加入名義変更登録は、譲渡を承認した公社みずからがするところではあるが、公衆電気通信法その他関係法規には、譲受人の加入名義変更登録請求権を否定した規定のないこと、譲受人が最も関心を持つものは、譲渡をもつて何人にも対抗することのできる変更登録にあること、などからして、譲受人は、譲渡人に対し、公社の当然の承認を期待して、名義変更登録手続請求権を有するものと解する。電信電話営業規則二二四条は、連署に代えることのできる書類として、確定判決のほか、譲渡命令書、競売調書又は競落決定書、裁判上の和解調書などをあげているが、若し公社の承認を必要欠くことのできない要件とみるなら、公社の承認のない間は、譲渡命令は、これを発することができないことになり、他面若し事前に公社が譲渡を承認すれば、譲渡命令はその必要がないこととなる。しかも前記法条が、譲渡命令をあげているところから考えると、法は、譲渡命令書は、譲渡承認を求める旨の譲渡人の意思表示を包含するものであり、公社の右承認を期待して、事前に譲渡命令を発することを許容したものといわなければならない。譲渡人に対し、加入名義変更登録手続を命ずる判決も、譲渡命令に関する右の趣旨と同一に理解するから、譲受人は、譲渡人に対し、公社の承認前でも、加入名義変更手続請求権を有するものと解する。(右確定判決及び譲渡命令書などは、譲渡の承認または不承認についての公社の裁量を拘束するものではないから、公社が、右譲渡は公衆電気通信法三八条二項にあたるものとして承認を拒んだなら、右判決、譲渡命令は、実質上その効果を生じないこととなる。)

(二)  控訴人が、昭和二八年一一月一〇日本件電話加入権を諸橋広喜に譲渡し、その旨の登録を経由したことは、被控訴人の明らかに争わないところである。ところで、加入権変更登録手続は、電話加入原簿上現在加入者として登録されている者に対して請求すべきであるから、被控訴人は、現時の加入名義人でない控訴人に対し、直接右請求をすることはできないのであるが、被控訴人が、控訴人と請橋間の右譲渡は、両者相通じてした虚偽の意思表示に基くものであるから、無効であると主張して、諸橋との間に係争中であることは、当裁判所に顕著な事実である。はたして被控訴人の主張するような事実関係とすれば、被控訴人は、諸橋のみを被告として、直接被控訴人名義に変更登録手続をすることを請求するのが一番近か通ではあるが、諸橋、控訴人の両名を共同被告として、諸橋に対して控訴人に代位して控訴人名義に、控訴人に対しては被控訴人名義に、それぞれ変更登録手続をすべきことを請求することも許されるし、また必ずしも右両者を共同被告とせず、別訴をもつて右請求をすることもできる。(別訴の場合、その出訴先後は問わないが、控訴人との訴訟で被控訴人が勝訴の判決を得るためには、当時諸橋との訴訟で被控訴人が勝訴の判決を受けたことが必要である。)被控訴人が、先きにあげたような事実関係に基き、諸橋に対し控訴人名義に変更登録手続を求めていること、右請求は正当であつて認容すべきものであることは、当裁判所が、控訴人諸橋、被控訴人間の昭和三〇年(レ)第四号電話加入権名義変更手続請求事件を審理したところによつて明らかであるから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求部分は正当として、これを認容すべきものである。

原判決は、一部右認定と異るから、これを右のとおり変更すべきものとし、訴訟の総費用につき民訴法九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 小堀勇 松田富士也)

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